疑惑がよんだ疑惑。
- 5 日前
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私が勝手に贋作だと思っている”ゴッホの贋作の本物”をみるために、名古屋に先日行ってきた。
参照:美輪さんとゴッホhttps://www.kanakookuno.com/post/文句が言いたい

着いてみるとチケット売り場には結構な人の列で、並ばずにQRコードでチケット買ってそのまま展覧会場の10階まで。
10階についてエレベーターのドアが開いたら、目の前にはまたまた今度は会場入り口まで長蛇の列で、ここで今日が日曜であることを思い出して少し後悔したけど並ぶ。
結構な列だったけど回転は早いようで20分くらいで入れたのだけど、入ったら入ったで人だらけではあった。まあ、ゴッホだし日曜だし仕方がない。
最初のいくつかの部屋は家族構成の説明だったり、弟のテオとの関係や、テオの奥さんのヨーの写真やらがバーンと大きく壁にあったり、ゴッホの絵を目当てにきた人間としてはあまり興味がなくて素通りする展示物がけっこうな割合いを占めていて、ゴッホがコレクションしていた絵やゴッホが影響を受けた絵描きの絵やらもたくさん展示されてたり、で、それらがあまりにも多くて、ゴッホの絵、あるのか?と途中でちょっと思ったりもしたけど、あった。
ゴッホの絵。
初期の作品が多いのか、画集なんかでもあまりみたことがない絵がほとんどだったけど、
美術の教科書にものってる《種まく人》があった。
素晴らしかった。
この絵の空が黄緑だったことに実物をみて気がついた。画家としての目の前の事象への誠実さ、どこまでも正直であることの説得力がすごい。
で、《種まく人》と同じ部屋に、”ゴッホの贋作の実物”があった。
おー、これだこれだと思いながらそれはそれはゆっくりじっくりみた。
実は、ここまできて、私の確信みたいなのが揺らいでいた。
なぜかというと、ここに展示されている他の”ゴッホの絵”のなかにも、「え?これゴッホちゃうんちゃう?」と思う絵がいくつもあったから、なのだった。
一緒に行ったベアも、木が並んだ絵《オリーブ園》はなんかおかしいと言っていた。確かにゴッホ調ではあるがゴッホがこんなに無造作に適当に点々を同じ間隔で画面いっぱいにちりばめるやろか?と思ったし、《石膏トルソ》(愛知のメナード美術館所蔵)なんか、下手くそすぎて、もしかしてゴッホって絵下手くそやったんか?って思うくらいで、他にも???な絵がいくつかあって、この展覧会で私の中のゴッホのイメージがどんどん崩れていたのだった。
ゴッホ、こんな下手くそな絵も描いてたのなら、この自画像も下手くそな絵の中の一枚なのか?とか思ったりして、なにがなんだかわからなくなった。という感じ。
ただ個人的にはやっぱり写真でみた時と同じでこの”自画像”に絵としての魅力は全く感じなかった。ゴッホが描いた絵ではない。と思いたい。
まあ、そんなわけで、贋作の本物をみて贋作だと確信した!とはならず、ゴッホは下手くそだったのかもしれない、、、という疑惑?みたいなのがうまれたような感覚にもなって、少し残念な心持ちにもなったというのがこの展覧会の正直な感想。
でも、《種まく人》はやはり素晴らしかった。
なので、私が勝手に贋作だと思っている”ゴッホの贋作の本物”をみるために名古屋まで行った結果、他の”ゴッホの絵”とされている絵も贋作に思えてきた。というのが最終結論。
疑惑が疑惑を呼ぶとはまさにこのことなのか。
こんな感じで結局色々ともやもやしたまま通りぬけた”ゴッホ展”だったけど、
この展覧会で抜群に良かったのは、数枚展示されていた日本の浮世絵だった。
ゴッホもふくめた名だたる西洋絵画のなかで光る浮世絵は、異次元だった。
ヨーロッパで日本の浮世絵に絵画の真髄を見出し、美術をとおして日本という地で自然と共にある人々の暮らしと文化への深い畏敬の念を抱いたゴッホの感性は、やっぱり素晴らしかったのだ、と私は思う。

今の日本のすがたを見たらゴッホは何をおもうのだろう。



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