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右か左かはわからない。
今は令和で、その前は平成で、その前は昭和だった。 私が小学生だった時は昭和だった。6年生の時に平成になった。 昭和の小学校は何だか色々すごかった。 まず、校庭の遊具がすごかった。手でぶら下がるタイプの回転シーソーが特にすごかった。上下にギッコンバッタンしているうちはいいが、子どもは上下よりも回転するスリルを追求するので、鉄の棒を掴んだ子供がふたり、それはそれはものすごいスピードで回転する。 高速回転にともなう遠心力に握力が耐えられなくなるとすごいいきおいで子供がぶっ飛んでゆく。吹っ飛んだとき、3メートルくらいは離れてたであろうフェンスに打ちつけられていっしゅん息ができなくなった記憶がある。多分昭和の子はみな一回はぶっ飛んでいる。 ジャングルジムのいちばん上から飛び降りる遊びとか、普通のシーソーの片方の比重を重くして反対側の子が思いっきり跳ねあがるスリルを味わう遊び、とか、けっこうな高さのうんていに足を引っ掛けて逆さにぶら下がって揺れる、ので、時々逆さまに落ちる、とか。 校庭のくすの大木に木登りして落ちて両腕骨折してた子もいた。...
7月3日


留学してた。
日本で「留学してた。」と言うと、お金持ち!みたいなイメージがある。 ような気がする。 私は一応日本の大学も受験した。 今考えても無謀すぎるけど、国公立芸術大学の一つ愛知県芸の日本画科を受験した。 そして、すぐ(一次で)落ちた。 一次試験は石膏デッサン。試験会場に入るとそこにいたのは一番嫌いな”ジョルジョ”だった。 ますますジョルジョが嫌いになった。笑 ジョルジョ君 在学していた島根県にある全寮制普通科の高校ではそれぞれが自分の進路について自分で考え、選択し、そのために必要な勉強や準備を各自がしていた。 和歌山の田舎の中学校では成績はいい方だった気がするけど、この高校では私はごくごくフツーだったと思う。(たぶん) このちいさな高校、なぜか秀才が多かった。 国公立大学を受験する人も一定数いて、島根県のセンター試験会場となっていた松江まで国公立を受けるメンバーで一緒に電車に乗って受けに行った記憶がある。確か雪が降っていた。 私が美大受験のためにしたことは、放課後や土日に、高校の敷地内にあった“美術小屋
4月27日


疑惑がよんだ疑惑。
私が勝手に贋作だと思っている”ゴッホの贋作の本物”をみるために、名古屋に先日行ってきた。 参照:美輪さんとゴッホ https://www.kanakookuno.com/post/文句が言いたい 着いてみるとチケット売り場には結構な人の列で、並ばずにQRコードでチケット買ってそのまま展覧会場の10階まで。 10階についてエレベーターのドアが開いたら、目の前にはまたまた今度は会場入り口まで長蛇の列で、ここで今日が日曜であることを思い出して少し後悔したけど並ぶ。 結構な列だったけど回転は早いようで20分くらいで入れたのだけど、入ったら入ったで人だらけではあった。まあ、ゴッホだし日曜だし仕方がない。 最初のいくつかの部屋は家族構成の説明だったり、弟のテオとの関係や、テオの奥さんのヨーの写真やらがバーンと大きく壁にあったり、ゴッホの絵を目当てにきた人間としてはあまり興味がなくて素通りする展示物がけっこうな割合いを占めていて、ゴッホがコレクションしていた絵やゴッホが影響を受けた絵描きの絵やらもたくさん展示されてたり、で、それらがあまりにも多くて、ゴッホ
3月22日
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