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色あせた水色


うちの隣にはフェンス越しに結構広めの駐車場があるのだけれども、

この前家の裏手で用事してるときにふと、渋い水色の古いバンがその駐車場に停まっているのが目に留まった。後ろにはママチャリがひっついていて旅の車という感じ。古いフォルクスワーゲンのバン。あきらかに放浪人の車の空気感。

おっ?と一瞬思ったけど、そのときはすぐ忘れて、またしばらくして外に出たときに駐車場をふとみたら長身の髭の生えた西洋人がごそごそ車からいろんなもん外に出して何かしていた。

おおおお?っと思って、とっさにフェンス越しにHallo!と叫んでみた。

where are you from?ときくと、from Franceとのこと。

そして、たくさんのゴミをすてたいのだけれどもどうしたらいいのだろう、と英語できかれたけど英語でゴミの分別の説明は私には無理なので、ドイツ人がうちにいるから呼んでくるねと伝えて、ドイツ人を呼んできて2人で駐車場に行ってみた。


でかいドイツ人ともっとでかいフランス人が挨拶の握手をして、そして話をきいてみると、なんと彼は2年前にこのバンでフランスを出発してモンゴルやロシアを旅してきて、日本には船で車ごと渡ってきて日本も半年ほど旅をしてきたのだという。

車のナンバープレートはフランスのものだった。(もちろん日本でも走れる許可をとっている)

そして次の日にこのバンを中古車屋さんに引き渡して、新幹線で東京に行って5日後のフライトでフランスに帰るらしい。

なので、たまたまみつけたこの駐車場に停めて旅の後始末をしているところなのだった。

もうぼろぎれと化した服類とか放浪の旅の残骸のようなものたちが色々あった。分別の仕方を説明して、明日ゴミの日だから家の前に置いていいよと伝えて、そして、今夜はどこに停めるか決まってるのかきくと決まっていないというので、もしよかったらうちの庭を使ってねと言うと、それはとてもありがたい、とのこと。というわけで、このフランスから日本まで旅をしてきたすてきな水色のバンと彼との2年間の車中泊の旅の最後の夜がうちの庭ということになったのだった。


夕飯は一緒に焼きそばを作って、旅の話をききながらビールを飲んだ。

フランス人だけどもお母さんの家族はスペイン人だそうで、だから黒髪のラテン系の顔つきなのだそうだ。職業はプログラマーなのだけれども、お金はけっこう入るけども楽しいとはおもえないのでもうやめたいらしく、手に職をつけるような何かを形創る職人のような仕事がしたいそうだ。

モンゴルの草原の写真とかもみせてくれた。ロシアでロシア人の彼女とであって一緒に旅をすることになって一緒に日本にきてふたりで日本を旅をしていたのだけれども、コロナをきっかけに国際的な状況がどんどん変わってきたしこの先一体どうなるかもわからないし、今はいったんそれぞれの国に帰ろうとなって彼女はロシアに帰国したのだけれどもその直後にロシアが出入国を禁止したので、今はいつ再会できるかはわからないらしい。でも今は彼女との子供がほしい、家族をつくりたいと思っているらしい。この世界の状況の中なんだか色々と大変なんじゃないの?とか話を聞く分には思うけれども、彼は至って楽天的、どうにかなるさ精神。さすがラテン系。

コロナについても特に心配していない感じで、若いうちにさっさとかかってしまうほうがいい気がするとまで言っていて、さすがぼんぼろバンで世界を旅しようなどと思うだけあるな‥となんとなく感心したりもするのだった。

フランスに帰ったらまずは2週間家から出られないけれども、今はもう旅は充分だし放浪生活も充分。なので家での”定住生活”が楽しみ!ということだった。


日本では九州で運送会社で少し働いたりもしたそうだ。鳥取の境港にもいって、水木しげるロードのスタンプラリーも全部スタンプ押したよとスタンプ帳を大事そうにみせてくれた。妖怪大好きな息子と言葉はつうじなくとも何か通じるものがあるような感じで、妖怪談義ももりあがっていた(笑)

富士山には2度登頂したそうだ。


そして翌朝、それじゃあ行くね、どうもありがとう!とさらっとさって行きました。

今頃はそろそろ2週間の”帰国者監禁生活”も明けてる頃だろうな。


数日前、ホームセンターの横のフォルクスワーゲンのバン専門の中古車屋さんに、あの色あせた水色のバンがポツンと停まっているのを見つけた。

なんとなく淋しそうだった。
















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