20代の最後らへん、
自分が母親というものになる前の最後の数年、
学童保育の指導員の仕事をしていたことがある。
アルバイトで。
公立小学校に併設された学童保育。
下校後、子どもたちがやってきて、おやつを食べたり、宿題をしたりして過ごす教室。
6時までに仕事帰りの親御さんが迎えに来る。
いろんな子どもがいて、
いろんな親がいて、
そしていろんな家庭があるのだな、
ということを、生で感じた仕事だった。
そこで出会ったひとりの子のことを、
きっと私は一生忘れない。
樹くん。愛称いっちゃん。
2年生。
いっちゃんは基本ひとり行動で、
いつも、みんなからかなり遅れて学童の部屋にやってくる。
クラスの教室から階段をおりて廊下をとおって学童の教室までやってくるだけなのに、
その道中でも寄り道が多くて、あまりにも遅いので探しにいったこともあるくらい。
学童にやってきてからも、
ランドセルをロッカーにいれて、制服から私服に着替える、というだけのことに、
また、ものすごく時間がかかる。
動作が遅いのではなく、何かを考えているのか意識がいろんな事に向くというのか。
ザ・マイワールドの住人で外の世界とテンポが完全にずれている。そんな感じ。
周りに合わそうとしない、
まあ、それだけのこと。
私は、日々いっちゃんを観察することが、
それはもう楽しくて、
いっちゃんと同じ空間にいるだけで
とてもとてもわくわくしていた。
実際、いっちゃんがいるのといないのとで、世界の明るさがワントーンちがった。
そう感じたのは私だけだったのか、それを確かめる術はないのだけれど。
今おもったのだけど、いっちゃん、
みやぞんにちょっと似てるかも。笑ったら、目がなくなる感じが特に。
(前にもこのブログにみやぞんでてきたな。)
図工のあった日は、
白い制服のシャツが、
ものすごいことになっている。
習字があった日も、
すごいことになっている。
ある日は、前髪が、斜めになって、
とても斬新なヘアースタイルになっていて、
きくと、自分でハサミで切ってみたらしい。
いっちゃんが漢字の宿題をするとき、
同じ漢字を一行続けて書かなきゃいけないのに、一字書いては、とまる。
どうやらその漢字の意味の世界に入り込むようで、遠いところをみる視線になって、
そして、立ち上がって、漢字辞典をとりにいく。
で、その字を調べて、
お〜そうなのか〜とひとしきり感心して、
そして、その横にある別の漢字に意識はむいて、、
また、その漢字の成り立ちを読んで、なるほど〜みたいになっている。
もちろん宿題は一向にすすまない。おわらない。
私は、いっちゃんのその様子をみて、
なんて豊かな学びのプロセスなのだろう‥
って心の中で感動しまくっていた。
学童の部屋には電子ピアノがあって
あるとき、いっちゃんがそのピアノをさわっていた。
自分の世界のなかで、おもむくままに鍵盤をさわって、ひいているのだけれど、
その奏でる音楽がジョン・ケージさながら。
いっちゃん自身が、その音の世界にひたっているのだろうその様子が、
神々しかった。
プラスチックのブロックで遊んでいるときは、ブロックを電話にして、何かとはなしているのだけど、誰と話しているのかときくと雲の上の何かと電話しているらしくてびっくりした。会話の内容を残念ながらわすれてしまったのだけど。
「ぼちぼちいこか」という絵本が大好きで、
何度もなんども読んで、ひとりでにこにこ笑っていた。
土門拳の写真の中に
いっちゃんがいても違和感がないと思う。
いっちゃんは、
一つ上のお姉ちゃんがいて、お母さんとおじいちゃん、おばあちゃんと暮らしているということは知っていた。
いっちゃんの話からはかなり狭い空間に暮らしているようだった。
お母さんはお仕事帰りでいつも疲れている感じだったけど、笑った顔はいっちゃんそっくりの多分ほんとはとても優しい方。
ある時、ゴンぎつねの絵本を読みきかせたとき、いっちゃんが涙をポロポロこぼしたことを淡々と話してくださったことがあった。
土曜日の学童がある日に、いっちゃんがやってきたときに、
鼻血のあとがあったので、
どうしたん?ときくと、
じいちゃんになぐられた。と言っていた。
箸の持ち方がわるかってん。
って言って、いっちゃんはちょっと笑ったのだけど。
そうかぁ‥‥としか私は言えなかった。
3年生の途中でいっちゃんは学童をやめて、
私も出産することになったので学童の仕事はやめたのだけど、
その後も、
いっちゃん、どうしてるかな。
とよく思っていた。
しばらくしてから
一緒に働いていた指導員の方にたまたま会った時にいっちゃんのことをきいてみると、
どうやらお父さんに引き取られる事になって学校を転校していったみたい。
ということだった。
あれからもう10年がたつので、
いっちゃん、
もしかして、もう19歳‥。
元気だろうか。
どんな大人になったのだろうか。
きっと元気で、心優しいいっちゃんのまま、
にこにこ、たくましく生きてるのだろうな。
樹くんと出会えて、
わたしは
ほんとうによかった。
いっちゃんが作ってくれた”アルパカ(多分)”。
私の宝物。
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