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社会の光景

雨は降り続いているし、世の中はえ?っほんま??と思う出来事や事件や色々がネットニュースでもめにとまるし、どう考えても激動の時代、という感じがする。

バッタの大群が穀物やらを食べ尽くしながら大陸を横断しているみたいだし、世界一大きいダムが崩壊しそうで、家畜を連れて逃げるひとたちの映像をみてノアの方舟の話を思ったし、ボツワナで象が原因不明でいっぱい死んでいたり。

そして新しいウイルスは世界中に舞い降りていて、近代社会のシステムの”スイッチ”みたいなのを、次から次と”切”にしていってる感じがする。

色々の激動の現場は私は実際にみたわけではなくて、ネットやニュースでみたり読んだり聞いたりしただけなわけで何もかもは何がほんとかはわからないのだけれども。


私が実際に自分の目でみた社会の異変は、どこにいってもほぼ全員の人がマスクをしている、という社会の光景。

マスクに意味があるかないかとかのまえに、そもそも人間にとってウイルスとは人間にとってどういう存在なんだ?みたいなところで色々思い巡らしている私だけれども、人の顔の半分がマスクでみえない社会の光景はいつまでつづくのだろう、、、ということを考えると正直とても気が滅入る。

なんで気が滅入るのかな、ということをずっと考えていて、私は顔の作品を描くくらい人の顔がたまたま好きな人間だからかな、普通はみんなあんまり気は滅入らんのかなとかも思っていたのだけども、ネットで、

”「全員がマスクをしている光景の中で失われているもの」.......それは「笑顔」です。”

という文章をみつけて、ふに落ちた。


目は口ほどにものを言う、というのはほんとだと思うけれども、だからマスクした人と会話しててもどうにか目から心情を感じ取ろうとがんばって会話するのだけれども、やっぱりマスクの顔から読み取れる心情は3分の1くらいな気がする。

そしていちばんわからないのが、この人は今、笑っているのか?ということ。

スーパーや駅や電車の中でみるたくさんの人達は所詮みんな他人なわけで、その人たちが泣いていようが怒っていようが笑っていようがそれぞれその人の人生なのだし、どういう心情で生きているかはその人の自由なわけで、そして人ごみを行く他人の心情なんて自分とは直接関係ないことなのだろうけども、”笑顔がみえない社会の光景をみる”のは、私はしんどい。楽しくない。

みんなはどうなのだろう。





この前の仕事の帰り難波の駅をあるいていたら、向こうから歩いてくるたくさんの人の流れの中にマスクをしていないひとがひとりみつかって、それは歩行器みたいなので人混みの中をゆっくり休みながら進んでいるだいぶご高齢のおじいさん。

で、向こうに向かう人の流れのなかを歩く私の三メートルくらい前には、普通の頭の3倍ほどの大きさの金髪のカツラをかぶってピンクやらひらひらやらのドレスを着てものすごいヒールの靴をはいた多分これがドラァグクイーンという職業の人なのだろう人が歩いていたのだけれども、おじいさんはそのひとに気づいて歩行器につかまって立ち止まって口を半開きでほーっという感じでその人を眺めて、そしてすれちがってしまってからまたゆっくり歩いていかれた。

なんか平和な光景だった。

私はいつも地下の花屋によって帰るのだけれどもそのドラァグクイーンであろう人を前にも花屋でみたことがあった。その日は帰りが遅くなったので花屋による予定はなかったのだけどもその人が花屋にまがる通路を曲がったので私もつい曲がってしまってやっぱりその人が向かったのは花屋だった。

私は花を選ぶふりしてちらちらと観察してみたけども顔全体にほどこされたお化粧はもう立派な表現者でありアーティストの領域で何かを超越していた。


手頃な花がみつからなくて、なんでか”マダガスカルジャスミン”という白い蕾がついた鉢植えが目にとまってまあまあでっかいのに買ってしまって荷物がひとつ増えたのだけど、昨日から白い星みたいな花が咲き始めていて、とてもよい香りがふわっとひろがっている。

あのとき花屋に寄ってよかったな。









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