編み物。
子どもの頃に、母から表編み裏編みはおそわって、
手仕事は好きだったから
冬になったら毛糸をごそごそ出して何かを編み始めるのだけれど、
毎年、短いマフラーさえも編み終わらないうちに飽きてしまい、
中途半端な編みかけのものを他の毛糸と一緒に袋に詰め込み しまい込み、
翌年の冬、また、編み物がしたくなってひっぱりだして、
でも昨年の続きをする気にもなれず、それをまたほどいて編み始める、
そしてまた編み上がらず、飽きて、春が来る‥
みたいなことばかりだった。
こんな私が、編み上げたセーターがひとつある。
ドイツで半年間、私は障害を持った人たちが、働き、生活する共同体みたいなところで
住み込み実習生として 暮らしたのだけど、
そこはものすごく森のなかで、
ほんとうに、なんというか、世間から孤立した場所だった。
ビザのための実習生という名目なだけで、住み込みのアルバイトのような感じなので、
他の実習生がいるわけでもなく、
その小さな村みたいなところで日本人は私だけで、アジア人さえも私だけだった。
この時ばかりは、本当にひとりぼっちな感じで、
何かを相談したり、仕事以外のことを話たりするひとはいなくて、
最初の数ヶ月は、孤独というものを味わった日々だった。
まあでも、
グループホームのようにいくつかの家に分かれてみんな暮らしていて、
その暮らしのサポートをする、という仕事なので、
仕事中はいつも誰かとはいっしょにいるわけだけれども‥。
そこはいろんな作業所があって、木工所や、洗濯屋さんや、広い農場、羊もいたし、立派な機織りの作業所もあって、そこに羊毛の糸紡ぎ機も何台もあった。
私はその織物担当のスタッフに交渉して、使っていない糸紡ぎ機を借りて、
間借りしてた自分の部屋に持ち込んだ。
そして作業所で使う羊毛の原毛を少し売ってもらって、
部屋で糸を紡いだのだった。
休みの日とか、部屋でひとりで黙々と毛糸紡いでたな。
そしてその糸で生まれて初めてセーターを編んだのだった。
なんせ自己流で編んだので、着てみるととてもおかしな感じで、
糸も細いところ太いところの差が激しくて、
まあまともに着れないおかしなセーターができあがったのだけれど、
今も、あのセーターは捨てられない。
孤独という集中力の賜物。
引っ張り出してみた。セーターとして虹色って…(*_*)…あかんやろ…。あの時はやってみたかったのだろな…
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