人の中の芸術


ウクライナがどこにあるのかすらちゃんとわかっていなかった私。

地図を見たら、ルーマニアやポーランドの隣だった。

ルーマニアには友達が暮らしている。

ポーランドの横はドイツ。


ポーランドには大学の時に合宿で滞在したことがある。

Poznanという町にある廃墟みたいな建物をアトリエに、10日間学生それぞれが作品を制作して、最後にそこでグループ展を開催する。という合宿。


どうしてわざわざポーランドまでいくのか全く意味不明だったし、行く前はどんな場所で10日間なにをするのかもよくわかっていなかったけど、とりあえず私は参加することにしたのだった。

教授も学生も皆現地集合なので、車を持っている友達の車に何人か相乗りでポーランドまで行った気がするけど詳細はもうおぼえていない。


着いたところは東ヨーロッパ独特の雰囲気がただよう地下もある建物で、そしてそれはけっこうな廃墟で、まずは廃墟の片付けから始まった。

粗大ゴミを運び出すところからはじまるような大変な片付けで、学生は皆協力して片付けていたのだけども、みんなが奮闘しているなか、教授のウベはさっさと一番明るい場所を自分のスペース用に片付け、いい感じの木箱と大きな板を確保し完璧な自分の制作スペースをつくって、その上に画材をきっちりきれいに並べて、そしてさっさとどこかにいなくなった。

はあ?って内心思ったけども、他の学生も、はあ???ってなってたけども、

廃墟のなかのがれきが散乱する空間の一角に、絵の具や筆やら画材が整然と並べられた机がある光景はなんだかはっきり記憶に残っている。


なんとか空間が片付いて、皆それぞれ場所をみつけ、私もなんとか自分の制作スペースを確保して、この場所で自分の作品を生み出すという課題と向き合う日々がはじまった。

絵画科だけども、平面作品、立体作品、映像作品、インスタレーション、何でもあり。

この場所で、この10日間で、ひとつの作品を創り上げなければいけない。

まずは途方に暮れたのをおぼえている。


宿舎は、郊外にある、その時は夏休み中だった寄宿学校の寄宿舎で、

その寄宿舎はけっこう大きな、レンガを積み上げた建物でどこか刑務所か野戦病院みたいな雰囲気で、窓も鉄格子がはまっていて、普段子どもがここで生活しているということがちょっと想像できないようなところだった。


毎朝、その寄宿舎からバスに乗って町の廃墟(アトリエ)まで通う。

アトリエに行っても途方に暮れたままの私は、はじめの数日はとりあえずスケッチしながら町の中をひたすらうろうろ歩き回っていた。


ポーランドの街は素朴で、何十年も前にタイムスリップしたようで、古い映画の中にいるようだった。ドイツの街を見慣れていた私には街並みも人々もバスも何もかもがレトロ、というか古びてみえた。西欧と東欧の違いみたいなものを、人々の様子や空気感や町全体の印象から感じたりもした。

どの商店も家もバスも、窓には鉄格子がはまっていて、それがとても印象的だった。


市場は、何回行っても楽しかった。畑からとってきたそのまんまの色んな野菜がどさっと積み上がっていて、はかりもふんどう式だった。ほっかむりをしたおばあさんとかつりズボンをはいたおじさんとか人々も素朴、そしておっとり優しい感じ。ルーマニアから来たというおじさんが売っている大きさも形も色々のトマトが、もうびっくりするくらいおいしかったのを覚えている。お日様の光をいっぱい浴びてるからねえ、みたいなことをいろいろ陽気に話してくれたのも覚えているのだけども、いったいあの時何語で話したのか、今思うと謎。

まあ、色んなことはもう断片的にしか覚えていないのだけれども。




で、私が最終的に創ったのは、直径1メートル、高さ2mくらいの、人が入れる筒状の草の檻だった。

初日に廃墟を片付けた時に、50センチ四方の木枠に釘が3センチくらい出た状態で等間隔に打ち付けられている用途がまったくわからない道具?をみつけて、それを何となく自分の制作スペースに置いていた。

寄宿舎からバス停までは少し歩くのだけども、その毎朝通る道の脇にススキのような草がいっぱい生えているのがある時ふと目にとまった。

その日から私は毎朝、その草を集めてビニール袋にいれて、バスに乗ってアトリエに運び、釘が並んだ木枠を使って草を格子状にせっせと編んで、50センチ四方の格子状の草をたくさんつくった。そしてその草の格子を組み合わせて、人が入れる草の檻を創ったのだった。

自分の制作スペースは草の山だった。

自分の作品を何とか仕上げるのに必死だったから他の人がどんな作品を創っていたのかも忘れてしまったのだけども、スヴェンはボロボロだったトイレをきれいに掃除し、ドアも壁も塗り直し、それを作品として展示したのは覚えている。

展示の後は、いつもの課題制作最後の慣習である、それぞれが自分の作品のコンセプトを皆の前で話し、人の内面のしかも痛いところをぐさぐさついてくる恐ろしい質問が教授陣から飛んできてそれに答える、という魔の講評の時間があり、合宿は終わった。



わざわざドイツからポーランドにいって、廃墟を片付けて、監獄みたいな寄宿舎で寝起きして、バスで毎日雑草をはこび、ゴミの中にみつけた変テコな木枠で草をひたすら編み、草の檻をつくって地下室にぶらさげたポーランドでの10日間。

文章にすると、なんなん?ってなるけども、

それはとてつもなく孤独でそして充実した、良き時間だった。

10日かけてトイレをピカピカに掃除したスヴェンも、毎日ひたすら自分自身に向き合っていたのだと思う。


ウクライナの地図をみて思い出したポーランドでの時間。



今、それぞれの人の中にある芸術という光に力をください。

そう祈る日々。















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