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アスファルトとコンクリートの中の自然

  • 7月26日
  • 読了時間: 6分

更新日:6 日前

私が住んでいる家には大阪の住宅地だけど庭とため池があって木がたくさん生えていて、それらは勝手に生えてきた木たちが多くて、毎年どんどん大きくなって、ちょっとした森になっている。


住宅地だけど自然のいろいろのオンパレード。

池にはカワセミがくるし、青鷺や白鷺もくる。

勝手に生えてきたアケビが蔦を伸ばして大きくなって、秋にはアケビの実がなる。

メジロもどこかの木に巣を作って雛が孵っていたり。

山鳩のつがいもやってくる。

いろんな種類のチョウやトンボが飛んでいる。

虹色のボディーに黒い羽のトンボがいて調べたら、ハグロトンボという縁起のいいトンボらしい。

タマムシもいる。


木の冷却効果はエアコン何台ぶんにも匹敵するらしく、確かに、アスファルトとコンクリートの道路からこの庭に入ると体感温度が違う。



それにしてもほんとうにヤバイ暑さだなぁ‥。

どうなんねん、、、地球は、、、と心配になる。


夏がどんなに暑くなっても超絶元気なのがセミ。

クマゼミ。

庭の木を見上げると木の幹にびっしり張り付いているクマゼミの数は、多分、一本の木だけで数100匹はいる。

私は虫は好きだけど10センチ間隔くらいでクマゼミが大量に並んでいる光景はゾッとする。


庭に置いてある木材や、枯れ枝などには針で刺した無数の穴が、びっしり空いているのをよくみるので、これは一体なんなんだろう?と調べてみたら、クマゼミの産卵の穴だった。

今年産み付けられた卵から来年の梅雨の時期に幼虫が生まれて、生まれた幼虫は土に潜り土の中で5年かけて大きくなるらしい。

庭のそこら中に産み付けられる卵の数は、それこそ少なく見積もって数万個あるだろう。

どれだけの卵が孵るのかは知らないが、梅雨時期には毎日何千かの幼虫が地中に潜っていっているのだろう。

幼虫の天敵がなんなのかはわからないが、土の中でいろいろと受難があってそれなりに数は減っても5年を生き延びる幼虫は1000はいるだろう。

この庭では、その生き延びた1000の幼虫が、梅雨明けと共に毎夕地上にでてきて、庭のありとあらゆるところで羽化するのである。


毎年セミが鳴き始めると梅雨が明けたとわかる。

毎夏、梅雨明けからお盆の頃まで、この庭では毎朝5時半から大量のクマゼミが全力で鳴く。

クマゼミ1匹の鳴き声は80dBらしい。

鳴くのはオスだけにしても

✖️(かける)数百匹。

もうそれはそれはすさまじい。

窓を閉め切った家の中でもすさまじい。

毎朝早朝に目が醒める。もちろん土日も。庭に出ると大音響がもはや耳ではなく脳の中で響きわたる。脳自体がうわんうわんと鳴っている感覚になる。

近所迷惑も甚だしい。

申し訳なさすぎて、近所の人とはセミの話題は怖くてできない。



「蝉は1週間しか生きれない。」

というのが子供の時から長年私の中にしみついていた。

なのでうるさいけど、でもでも蝉は1週間しか生きれんのやしなあ、、、

という哀れみの気持ちみたいなものが私の中に長らくあった。


けれどもうあまりにもすさまじいので、40代になった頃の夏、私はクマゼミ駆除を敢行することにした。この庭からの駆除。

木の幹にびっしりついているセミたちを片っ端から手で掴んでダンボール箱に入れ、ある程度の数が捕獲できたら生駒山の方まで持って行き山に放つ。木の幹にびっしりなのでどんどん捕まるのだけども、もちろん同時にバタバタと大量に飛んで逃げてもいく。樹液を吸いまくっているセミは、おしっこを飛ばしながら飛び去る。

ものすごく効率が悪いし、焼け石に水。


40代半ばにさしかかったあたりからは、夏の夕方になると庭中を30分おきくらいに巡回して、土から出てきて木の幹を登り始める幼虫を捕獲することにした。

飛んでいく成虫をつかまえるより断然効率がいい。

ものすごい数のセミの幼虫が数分で集まる。

何十匹もの幼虫がバケツの中でうごめく様は、これまたほんとうにゾッとする。


それでもこのひとつひとつは命である。

私はそのバケツを自転車のかごに積んで、そもそもすごい数の蝉がいるであろうちょっと離れたおおきな公園まで行き、そこの林の中に逃す。

ということを夏の毎晩、繰り返した。

公園の防犯カメラには何かを捨てにくる怪しい人物として写っていたと思う。


いつしか私は40代半ばを超えた。

暑さの中、ふと、

「よく考えたら、セミってもう5年も生きたのだよな。

残りの1週間くらい、、、、もう、、、ええやん!」

と思うようになっていた。

遠い公園までいちいち行くのも大変だし、怪しい人物と思われるかもしれないのも気になるし、、、、


そして、なんと、幼虫をバーナーで一気に焼く、という蛮行を決行した。


トタン製のバケツにたまったうじゃうじゃうごく幼虫たちを、料理の表面に焦げ目をつけたりするあのバーナーで、ブワーっと一気に焼くのである。


蛮行以外のなにものでもない。


幼虫の阿鼻叫喚が聞こえるようで暗闇の中で目を背ける。


10秒くらいで大量のセミの幼虫の丸焼きが出来上がる。


しばし罪悪感に苛(さいな)まれる。


香ばしいのかなんなのか、そこらへんにはなんとも言えない匂いが漂う。


どこかの地方や国では、これは珍味なのかもしれない、と思ったりもする。



酷暑日に猫が家に帰ってこないことがあって、暑い中近所中を名前をよんで必死にさがしまわりながら私は「これはセミの祟(タタリ)かもしれん‥」と本気で思ったりもしていたので、罪悪感は私の脳裏か意識のどこかに染み付いているのだと思う。

猫は無事帰ってきたけど。



蝉の羽化は美しい。

茶色い幼虫の背中の割れ目から成虫がゆっくりゆっくりあらわれる。

その色は、薄緑色というか、翡翠色というか、透明な薄緑というか、もうそれはそれは美しい色で、ゆっくりのびる羽は白く透明で、真っ黒のつぶらな目が絶妙なアクセントになっている。

まるで妖精のよう。


この茶色の殻の中には妖精が入っているのは重々承知だ。

それでも、もう、バーナーで丸焼きにするという蛮行までできてしまうくらい、それくらい凄まじい数のクマゼミなのである。

そして、

歳のせいなのかなんなのか、開き直りの思考回路というものはおそろしい。




ただ、47歳になった今年は、バーナー作戦は敢行していない。


やはりあの残虐な光景と匂いは想像以上に私の脳裏に焼き付いて、なんなら私の滞在意識みたいなものへの悪影響がある気がなんとなくする。


この文章だって、罪の告白をしているのような感覚すらある。

こんな蛮行、やっぱり、なんらかの祟りはあると思う。

作品の制作が思うように進まないのも、セミの祟りかもしれない。

祟りはおそろしい。


なので今年はまた不審者として夜中の公園に通っている。


そして、夜な夜な駆除作戦の成果は果たしてあるのか???と思ってしまうくらい、今朝も5時半から凄まじい音響で大量のクマゼミが元気に鳴いている。









 
 
 

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